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松本隆が作詞した松田聖子の曲や年収・画像は?現在は神戸在住!

元はっぴいえんどドラマーの松本隆さんは、作詞家としても多くの曲を世に送り出してきました。

太田裕美さんの木綿のハンカチーフ(1975年)は、世代を超えて今でも愛され続ける名曲となっていますよね。

1970~ 80年代の曲ばかりでなく、2000年代に入ってもキンキキッズや中川翔子さんなど若い世代にも受け入れられる曲を作り続けています。

ここでは、そんな松本隆さんが作詞した松田聖子さんの曲や年収、現在は神戸在住なのかお伝えしていきます。

松本隆さんが作詞した松田聖子さんの曲!

松本隆 作詞 松田聖子

松本隆さんが作詞したなかでも松田聖子さんの曲は圧倒的に多く、140曲を軽く超えています。

80年代に24曲連続オリコン1位を獲得した松田聖子さんの曲のうち、17曲が松本隆さんの作詞でした。

もちろん誰もが知っている「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「SWEET MEMORIES」といった名曲も作詞しています。

松田聖子さんの曲には、細野晴臣、財津和夫、大滝詠一、甲斐よしひろ、佐野元春など大物たちが曲を提供しています。

これらの方々は、松本隆さんが引き込んだとも言われ、松田聖子さんがトップになれた要因の一つとされています。

特に、呉田軽穂という名義で参加していた松任谷由実さんと、松田聖子さん、松本隆さんとの最強チームは今でも語り草となっています。

「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「瞳はダイアモンド」「蒼いフォトグラフ」など名曲ばかり。

松本隆 作詞 松田聖子

編曲に松任谷正隆さんが入ることもあり、松田聖子さんがどれだけ特別な存在だったのかが分かります。

松本隆さんの年収・画像は?

数々の名曲を作詞してきた松本隆さんですが、年収はどれくらいなんでしょうか?

正確な金額は公表されていませんが3億円にもおよぶと言われているんですよね。

ヒット曲が生まれれば、長く印税が発生するのでサラリーマンよりも安定していると考えることもできます。

しかし、一般的な作詞家の月収は30万円くらいでも良いほうだとされているので、どれだけ売れっ子なのかが分かりますよね。

売れない作詞家の場合は、それよりもかなり低いことが予想され、作詞一本で生活するのはかなり難しいと考えられています。

松本隆さんの場合、1000曲を超える作詞をしているので、半永久的に収入が入ってきます。

うらやましい限りですが、同じ事をやろうと思ってもなかなかできるものではありませんし改めて松本隆さんの偉大さに気づかされますね。

松本隆さん現在は神戸在住!

松本隆さんは、出身地の東京から8年前に神戸へ生活の拠点を移しています。

東京だけに全てが集まるのは良くないと感じ、地方から盛り上げていきたいという想いがあるとのこと。

しかし、2020年は新型コロナウイルスの影響で、全国的に暗い雰囲気に包まれてしまいました。

そこで、1986年の松田聖子さんの曲「瑠璃色の地球」を神戸市民たちに歌ってもらい動画にするというプロジェクトを行ったのでした。

200人以上の歌動画を編集して1本の動画にし、ネットに公開して1週間で1万回再生を記録。

松田聖子さんや他のアーティストに歌ってもらったものではなく、市民が歌っているものにもかかわらず再生されたことに手応えを感じたといいます。

神戸のミュージシャンやライブハウスの助けになるようなことをやりたいとのことでしたが、多くの方が救われたのは間違いないでしょうね。

まとめとして

作詞家の松本隆さんは、松田聖子さんをはじめ数多くのアーティストに詞を提供してきたレジェンドです。

昭和の懐メロがジワジワとブームになっていますので、これからも定期的に収入が増える時期が何度も訪れるでしょうね。

2020年で作詞家50周年、半世紀にわたって第一線で活躍してきたというのだから驚きですが、まだまだ名曲を送り出してほしいものです。

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